パンゴンツォへの道のり

インドのパンゴン湖に行きたい。 インドのグルガオンで働いています。


こんばんは。

私はインド人の夫がいて、インドのグルガオンにて法的結婚手続きを完了させたため、同じようにインド人のパートナーがいる友人からどういった書類集めや手続きを行ったか聞かれることがあります。

ということで、2021年7月時点に、グルガオンの裁判所で手続きを完了させ(創設的届出)、それを基に在インド日本国大使館で婚姻届を提出した(報告的届出)流れを残しておきます。
この内容でわかることは、私側(日本人)が準備、提出した書類と大まかな流れです。
かかった費用は、書類の取得に必要な金額及び日本からの郵送費(2回)です。賄賂は渡していません。


まずは
グルガオンの裁判所での法的結婚手続き(創設的届出)
(在インド日本国大使館での婚姻届提出についてはこちらへスキップ 。)

court

<1> 方法
弁護士に依頼せず、提出書類集めは私と夫でそれぞれ行い、グルガオンの裁判所窓口とのやり取りは夫がしてくれました。
一応弁護士にも問い合わせをしたんですが、依頼費用は25,000ルピーほどで、プロに依頼することで何か私たちが楽をできる内容ではなさそうだったので、自分たちでやろうと決めました。


<2> グルガオンの裁判所の場所
こちらです。



<3> 手順
1. 裁判所に行き提出書類を確認する
2. 提出書類を準備する
3. 裁判所に行き提出する
4. 受領後1ヶ月経過以降、任意の日付で署名手続き


1. 裁判所に行き提出書類を確認する
2021年4月に裁判所に行き以下の写真を撮りました。
doc1

doc2

時期や担当者によって必要な書類が変わることは多々あると思うので(そんなことがあって良いのかという気持ちは飲み込む)、まずは一度裁判所に行って直接確認してほしいと思います。

ちなみに、相手側の出身地がグルガオンでなくとも、(証明できることが前提で)どちらか一人の居住地がグルガオンであれば申請できます。
国際結婚の場合は、インド人側の住所が当地にないといけないのでは、という気がしますが……。

2. 提出書類を準備する
最終的に、私側(日本人)が提出した書類はこちら。

・パスポートコピー両面
・そのパスポートに書いてある日本の住所の証明としてマイナンバーカードのコピー
 (指示を受け、コピーに翻訳を書く)
 (住民票を抜いていたためマイナンバーカード自体は失効している)
・VISAコピー
・アポスティーユ付き戸籍謄本
 (日本にいる母に依頼し取得、送付してもらった)
・自分で英語翻訳した戸籍謄本
 (Excelを使用)
・婚姻要件具備証明書
 (英語版を在インド日本国大使館で取得 ※要戸籍謄本) 
・住居契約書
 (現地の住所証明として)
・電話番号契約(Airtel)のbill
 (現地の住所証明として)
↓追加で提出指示された書類↓
・Certificate of Graduation
 (最新の取得でなくても、過去に取得したコピーで可) 
・最新のFRRO
・Certificate of Employment

※リストを基に準備したのですが、夫が提出に行くたびにこれが足りないと追加書類を要求され、書類仮提出のためだけに夫は3回裁判所に行きました。(感謝)

3. 裁判所に行き提出する
夫と一緒に裁判所窓口に行き提出しました。
夫がアポイントを取っていたかもしれない。
その場で全ての書類を確認し、青ペンでの署名が必要なものにはサインし、ファイリングされました。
提出から1ヶ月は異議申し立て期間が設けられているため、それ以降に希望する日付で署名手続きの予約をします。
この予約する日付が、インドでの法的結婚記念日になり、日本の戸籍にも記載されます!!!
(私の両親は誕生日が同じで、私は記念日が増えるのが苦手なので両親の誕生日に合わせたかったのですが、なぜか夫がその1日後に設定した……。裁判所の人にこの日で良いかと急かされて……。)

4. 受領後1ヶ月経過以降、任意の日付で署名手続き
この日が最も重要な日となります。
この日に、新郎、新婦、立会人3名で裁判所に赴きます。
裁判官が来てくれて、裁判所の議場のような場所で、裁判官の前で本人確認とMarriage Certificate原本へ全員が署名を行います。
これで完了です!!!

この時は、私側の人を立会人に入れたかったな~とうだうだ思っていたんですが、
・コロナ禍で予定を合わせて日本の家族が来るのは非常に困難であったこと
・せっかく来ることができてもインドのスケジュールが変わる可能性を当日まで否定できないこと
・立会人の証明書類も必要なため夫側(インド人)のほうが手続き上スムーズだったこと
等から今となってはそこにこだわる必要はなかったなと思います。(かなり喧嘩した笑)


<4> 所要時間

1. アポスティーユ取得済み戸籍謄本を得るまで
3/3に母に依頼開始、母が戸籍を取り寄せて外務省にアポスティーユの申請書を送付したのが4/5、母の手元にアポスティーユ取得済み戸籍謄本が届いたのが4/9、色々ありグルガオンの私の手元に届いたのが4/15でした。
当時はコロナ真っ只中で、外務省は受付窓口を開けておらず全て郵送対応でした。
(婚姻要件具備証明書申請のための戸籍謄本もこの時に手配してもらいました。)

2. インドでの書類集め開始から書類提出まで
実際の収集開始から1ヶ月半かかりました。
というのも、インドのコロナ第二波があった時期で、
・戸籍謄本を自分で翻訳
・休みを取って大使館に行き婚姻要件具備証明書を取得
 (第二波ロックダウンの影響をもろに受け、申請してから2ヶ月後に受取に行けた)
・私のAirtelのBillの住所が当時の住所ではなく引越前の住所になっていたため、その変更
・会社にCertificate of Employmentを依頼し取得
等々、仕事をしながら集めていく必要があるのでひとつひとつ時間がかかりました。
ロックダウン前からの動きを含めると4ヶ月かかっています。
ただ、取得すること自体には、母や会社の協力があり困難や苦労はなかったです。(感謝)

3. 書類提出から待機期間を経て署名手続き(完了)まで
異議申し立て期間を含め、書類提出から1ヶ月13日後に署名手続きが完了しました。
この期間に追加書類を要求されることもRejectされることもなかったです。

戸籍謄本を取得するタイミングによりますが、トータル4ヶ月ほどです。



続いて
在インド日本国大使館での婚姻届提出(報告的届出)

embassy

<1> 方法

夫と私の二人で大使館に提出に行きました。
現地で私の書類内容の修正などが必要となったため、夫は暇を持て余しており、特に夫が何かすることも無かったので最悪一緒でなくても提出できたかもしれませんが、当時は「婚姻届の提出」に憧れがあり一緒に来てもらいました。


<2> 在インド日本国大使館の場所
こちらです。



<3> 手順
1. 在インド日本国大使館のウェブサイトから提出書類リストを確認する
2. 大使館に電話し提出書類を確認する
3. 大使館に行き提出する
4. 1ヶ月ほどで戸籍に反映されるので確認(必要であれば)

1. 在インド日本国大使館のウェブサイトから提出書類を確認する



大使館のウェブサイトに記載されているので、それに従って準備します。
・婚姻届 (書類提出時に記入した)
・戸籍謄(抄)本(発行後3ヶ月以内のもの)
・インドの婚姻証明書及び同和訳
・外国人配偶者の国籍を証明する書類(旅券等原本)及び同和訳

追加書類は無かったです。
(念のためPCを持って行ったので、現地で内容の修正はしましたが。)
戸籍は再度母にお願いして取得し、インドに郵送してもらいました。

2. 大使館に電話し提出書類を確認する
日本国内ですべて日本の書式に従って書類を準備できるというものとは異なるので、後々の手間を減らすために、一度電話で書類を確認したほうが良いです。
大使館の領事班の方々は本当に親切で、裁判所での結婚手続きに必要な書類収集からこの提出まで5ヶ月ほど頻繁に問い合わせし大ッッッ変お世話になりました。(感謝)
おそらく個人情報保護の観点から、電話の時は毎回初めてのような雰囲気で会話するのですが、お互いにいつも同じ人だと思っていたと思います。

3. 大使館に行き提出する
上記の書類を持って提出に行きました。
が、インドの婚姻証明書の和訳、及び、夫のパスポートの和訳を自分でしたのですが、手書きでは追い付かないほど大量の修正点があったため、その場でPCで修正した後に指定のメールアドレスに送り執務室で印刷してもらいました。
また、私が記入した婚姻届の情報にミスがあり、それはもうさすがに拇印での修正で書き直しました。
計3時間かかり、夫は途中から外に出て仕事の電話をしていました(笑)
この場合の手続きは証人は不要です。

※和訳の修正点は、婚姻証明書及びパスポートに記載のある姓名や地名・住所を英字のままにしていたため、すべてカタカナ表記に修正しました。
事前に電話で確認しておけば良かったです。

4. 1ヶ月ほどで戸籍に反映されるので確認(必要であれば)
大使館で提出時に1ヶ月ほどで反映されると思います、と言われました。
私の場合は大使館提出から2週間後には受領されていたようです。


<4> 所要時間
インド側の法的結婚が成立してからの届出になります。
事前に準備できるのは、配偶者のパスポートの和訳くらいでしょうか。
法的結婚が本当に成立するか不安があったので、戸籍謄本については法的結婚成立後に母に依頼しました。
それでも、夫と私の休みの調整などをした上で、3週間後には提出できました。


長くなりましたが以上です。

私が戸籍英訳のために利用した書式のフォーマットはウェブで検索してダウンロードできるExelファイルなどを使用しました。
インドの書式の和訳はパワーポイントでちまちま作りました。
大使館の方々は本当に丁寧に対応してくださるので、不明点は電話やメールでお問い合わせをするのがベストです。
無事に結婚が成立して素敵な時間を過ごしていけますように。

wedding


2024年3冊目、マルクス・アウレーリウス著『自省録』を読んだ。

themeditations

衝撃だった。私の哲学の柱のひとつになるかもしれないとページをめくる手が止まらなかった。

この本を知ったのは漫画『ミステリと言う勿れ』4巻以降の会話で度々使われていたからで、気になって神谷恵美子訳『自省録』を手に取った。

そもそも、これを書いたのはマルクス・アウレリウス・アントニヌスという2世紀に活躍した第16代ローマ皇帝で、五賢帝最後の皇帝として知られている。
高校世界史で必ず勉強する人物だ。

そういう人の本なのだ、とそれほど事前知識を入れずに読み始めた。
読み始めてすぐ、31ページにこんなことが書かれている。

たとえ君が三千年生きるとしても、いや三万年生きるとしても、記憶すべきはなんぴとも現在生きている生涯以外の何ものをも失うことはないということ、またなんぴとも今失おうとしている生涯以外の何ものをも生きることはない、ということである。

雷に打たれたようだった。
内容もさることながら、翻訳のかたい文体にも惹かれ、「ああ、これは私にとって二つ目の哲学の柱になるのかもしれない」という喜びを感じた。

(私はニーチェの『ツァラトゥストラ』を哲学の柱の一つにしており、人生で三つの哲学の柱を持ちたいと思いながら読書に向かっている。)

本書では、アウレーリウスが「自分自身に」書いた内容であるため、君がという記述は自分に対して語ったり言い聞かせたりしているものである。
本当は皇帝になって政務や戦争に赴くことなどせず、哲学者として生きたかったアウレリーウスの、自身への鼓舞を感じて感極まった。

私が感じた主題は3つ。
・自然に従い、与えられた人間としての役目を自覚しありのままを認めて生きる。
・外的要因に左右されないこと。内的要因を見つめ主観であることを理解すること。
・私たちが携わることができるのは過去でも未来でもない、現在だけである。現在に集中せよ。

死という出来事が宇宙の行為のひとつであるようなことも頻繁に言及される。
これは、彼が多くの子どもを自分よりも先に亡くしていることや、自ら戦争に赴いていることを想像すると、彼自身に言い聞かせようとしているのかと感じ涙が出そうになる。

他に、賢帝でも朝起きるのが嫌だったんだなあと励まされるような文章もある。

明けがたに起きにくいときには、つぎの思いを念頭に用意しておくがよい。
「人間のつとめを果たすために私は起きるのだ。」
自分がそのために生まれ、そのためにこの世にきた役目をしに行くのを、まだぶつぶついっていいるのか。……

仏教の考え方に近いような内容もあり、宗教に関わらず、この時代にはこういった思考や考えが起こり始めていたのかなと思わされることもあった。
哲学史をもっと勉強してみたい。

最後に、私の好きな一節を紹介して終わりたい。

君の全生涯を心に思い浮かべて気持をかき乱すな。どんな苦労が、どれほどの苦労が待っていることだろう、と心の中で推測するな。それよりも一つ一つ現在起ってくる事柄に際して自己に問うてみよ。「このことのなにが耐え難く忍び難いのか」と。まったくそれを告白するのを君は恥じるだろう。つぎに思い起こすがよい。君の重荷となるのは未来でもなく、過去でもなく、つねに現在であることを。






2024年2冊目、遠藤周作著『海と毒薬』を読んだ。

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高校の時の毎月の課題図書のひとつだったものの、その時は読了せず、課題図書のテストも散々だった思い出がある。

今回読もうと思ったのは、ブックオフで見つけたことと、現在の私が遠藤周作ファンになっていたからである。

有名な『沈黙』、『深い河』や『影に対して』を読み彼の人生を追いかけている私としては読んだほうが良いだろうと思った。 

日本で購入してインドに持って行ったものの読まずに終わり、もったいなく感じたのでインドから日本に向かう飛行機の中で一気に読んだ。

正直、この感想文を書けと言われたら私には相当難しい、いや、書けないと思う。
現に、今もまともな感想が浮かんでいない。
日本人とは何かを問うてるとあとがきに書かれていたり、ウェブ上の解釈を読んだりしたものの、あまり私にはハマらなかった。

ハマらなかったのは、私が同調圧力を無視“したい”人間だからかもしれない。
本書が非常に有名なので私があらすじを書くことは不要かもしれないが、太平洋戦争中のアメリカ兵捕虜を臨床実験の被験者とした事件を基に書かれていて、関与した新人医師の苦悩が受け取れる。
戦時中だとか、倫理的にだとかを除外した時に、そこに描かれる普遍的なものがいわゆる同調圧力なのだとしたら。

日本ではよく「同調圧力が~~~」といった意見が見られるが、そんなものはどこにでも存在する。
こうしたほうが良い、こう振る舞うべき、といったものだが、インドにもあるし他の国にもある。
その地域やコミュニティの身内になると同調圧力を感じるのだ。
いつまでも外国人・余所者でいられる環境はなんと自由で楽なのだろうか。
私は日本では同調圧力を感じることが意外にもなく(中学校あたりから変わり者扱いされてきたことと、多分独身だったから)、インドで結婚してから「耐えなければ」と苦労した時期があり、結局耐え切れず爆発しトンデモ嫁として生きる覚悟を決めた。
そういう人間なので、圧力に負けて手を貸して罪に苛まれることに対する想像力が無いのだろう。
自分の感受性の弱さに悲しくなる。
(実際に、私自身は共感するふりはできるが、生来感受性が弱いと分析している。ふりができるだけマシかもしれないが。)
この本を熱く語りたい誰かの話を聞いてみたい。

そういえば、あまり気にしていなかった『海と毒薬』というタイトルも考察したくなる。
……結局ハマってしまっているのか?

海と毒薬 (角川文庫)
遠藤 周作
KADOKAWA
2021-05-25


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