だいぶ前に、インドのペットボトルの水について書きました。

それに関連するわけではありませんが、今では当たり前の感覚になりつつもインドに来たばかりの時は「へー」と思っていたので、そういった初期の頃の自分の反応を残しておこうと思います。



インドでは、というか少なくとも私の住むデリー・グルガオン地域では、水は共有物という認識がありそうだと感じています。

どういうことか?

日本人の方から、「メイドさんが掃除などに家に来た時にウォーターサーバーの水を自分で持って来たペットボトルに入れて大量に持って帰る」と聞くことが度々あります。

私の家でそれを経験したことはないんですが、まああるあるだろうなと思いました。

他の例としては、私の住むアパートメントの玄関口にウォーターサーバーが置いてあります。
それはアパートメントのガードマンだったり住み込みスタッフが利用しているものと思っていたんですが、アパートメントの住人が利用する車のドライバーも、このウォーターサーバーの水をペットボトルに入れて飲んでいます。
彼らは住んでいませんが、利用しています。
それを止める人はいませんし、その行為が問題だということはありません。

他には、そうですね。
オフィスにもウォーターサーバーがあるんですが、帰宅する時に社員が水筒いっぱいに水を入れていたりします。
これは日本でも同じだったりするかな?
でも、朝出社した時にも、空の水筒に水を入れたりもしています。



インドの水道水は、そのまま飲むには適していません。

洗い物はできますが、水道には浄水器を設置して、その水を飲んだり料理に使ったりしています。
ただ、日本人家庭でその水を飲むことはあまりなく、買ったペットボトルやウォーターサーバーの水を飲んでいることが多いです。

インドの全ての家庭が浄水器を導入できているわけではありません。
メイドさんなどは住み込みの人もいますが、スラムに住んでいる場合もあり、綺麗な水が供給されている環境ではない可能性も考えられます。
ドライバーさんの給料も決して高いとは言えず、仲間とルームシェアで住んで節約しながら、地元に仕送りをしたりするケースもあります。

生活していく上で水は必要な物ですし、超高額というものではないですが、より良い状態のものが得られるのであれば、それに越したことはないですよね。

そういった諸々の環境があり、今の状況があるのかなと思います。



なにより、Sharing is caringの考え方が(良くも悪くも)根付いていて、水をシェアすることを意識さえしないかもしれません。

いつかその感覚が私には当たり前になったりするんでしょうか。

あまりイライラしすぎず、思いやりの気持ち(良い面だけ)を継続して持てるようになれたら良いなと思います。